川又三智彦(ツカサ社長)、自己破産後の現在はすごい年金生活を送ってた!




川又三智彦さんを知っていますか?

ツカサ〜のウィークリーマンション♪のCMを知っている人なら、ああ!と思うかもしれません。

川又三智彦さんは実業家ですが、バブル経済がはじけた時に自己破産へ追い込まれてしまいます。そして現在年金生活を送っているそうですが、その年金生活がすごいと話題になっているんです。

今回は、川又三智彦さんについて紹介していきます。

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川又三智彦って何してた人?

川又三智彦さんの実家は、司建物管理有限会社という街の小さな不動産でした。

そのためかなり裕福だったのではないでしょうか。その証拠に川又三智彦さんは高校、大学は外国へ留学していたほどです。

しかし21歳の時に突然お父さんが脳梗塞倒れてしまい、そのことをきっかけに日本に帰国。帰国してすぐは別の会社で働いていたのですが、すぐに実家で働きはじめます。そしてお父さんに代わり社長に就任したのです。社長に就任したのは1973年当時25歳の時でした。

その後1983年にツカサのウィ―クリーマンションを開始。日本で初めてのウィ―クリーマンションを作ったことで大成功したのです。

当時学生や出張のサラリーマンなどに、ウィ―クリーマンションは大人気だったようですね。

バブルから自己破産へ

しかしそんな成功は長くは続きませんでした。なんとウィ―クリーマンションを開始して2年後、バブルが始まりましたが、1990年にバブルが崩壊。

当時銀行に多額な借金をしており会社の経営はどんどん困難に陥ってしまいました。

そのため1999年に成功を収めたウィ―クリーマンション事業をリーマンブラザーズに売却したのです。当時はリーマンブラザーズからお金を借りてなんとか事業を続けていたのですね。

 

しかし2008年に起こったリーマンショック。

これによりウィ―クリーマンション事業は倒産となってしまいました。事業を開始してから32年の月日が経った頃でした。

当時なんと1,000億円もの借金だけが残ってしまい、ついに川又三智彦さんは2012年に自己破産となりました。当時65歳のことでした。

 

ちなみに自己破産とは、支払いをすることができない時に、すべての借金を0にしてもらうことです。自己破産をすると家や車、など価値があるとされるものは全て手放さなければなりません。

65際で全てのものを手放すっていうのはかなり辛いですよね。お金があればいいですが、お金がないからこそ自己破産なわけですし。

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川又三智彦は現在何をしているの?

自己破産してしまった川又三智彦さんですが、現在は年金暮らしではありますがけっこうすごいことしてるみたいです。

なんと現在は、村を作っているとのこと。「昭和30年代村計画」として村を作っていて、昭和30年代の古き良き時代を復活させ、1つのテーマパークにしようというのが狙いです。

住む場所や家は川又三智彦さんが全て提供していますが、収入はデイサービスだったり建物の修理保全、さらには畑仕事などで得ているんだそうです。

 

デイサービスを今回の事業に入れているのは川又さんご自身が自己破産後に脳梗塞を経験されたからというのも大きな理由になっているとのこと。

「昭和30年代村計画」が行われている猪苗代駅前の一角には、高齢者がとても多いそうです。そのためデイサービスは絶対に必要と考え、取り入れているとのことです。自らの体験はもちろんですが、昭和30年代なんてデイサービスのようなものはほとんどなかったはず。そこで需要を考えてこうして取り入れてくれているのは、高齢者の人にとってはありがたいのではないでしょうか。

 

自己破産後にはなかなか考え付かない事業ですよね。さすが、日本で初めてとなるウィ―クリーマンションを作った川又三智彦さんといったところですね。

まだまだこの事業は途中ですが、成功するよう頑張って言って欲しいですよね。

川又三智彦の現在の収入はなんと年金のみ?

自己破産後、一つの村作りに精を出している川又三智彦さん。

事業をやってるんだからもうお金の問題は大丈夫なのかな?と思いきや、現在は年金をもらって生活しているだけ。年金は月に約13万円、年収は150万円ほどなんだとか。

これは稼いでいたピーク時の1ヵ月分の給料にも満たないのです。そのため、超貧乏生活を行っているそうです。

現在はその収入に、事業の収入がのるのですが、まだ軌道に乗っていないのであまり儲けにはなっていないとのこと。そのためほぼ年金生活となっているんですね。

 

川又三智彦、バブル時代と現在の生活はあまり変わらない?

バブル期となれば銀行がとにかくお金を貸しつけて、さぞお金持ちな生活を送っていたのではないかと思っていましたが、意外と普通の生活をされていたようです。

年収も当時で1000万円ほどだったらしいですね。もっと稼いでいたのかと思っていました。

また、高級車を乗り回すわけでもなく、三菱のミニカに乗っていたそうです。

 

決して豪遊していたわけでもなかった川又三智彦さん。

だからこそ、今もなお新しい事業に携わっていけるのかもしれませんね。

まとめ

いかがでしたか?今回は事業家、川又三智彦さんについて紹介しました。バブルがはじけたと同時に人生が急変した方は多くいます。川又三智彦さんもその一人です。

でも全てが崩壊したわけではなく、自身の体験や才能を生かして今も事業を行っています。

今度は、うまくいってほしいですよね!

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